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旅立ちの季節

「人は日々旅にして旅を栖(すみか)とする」

「世の中の流転を見極め、変化の中に風雅の誠を見い出すべし」
と、芭蕉は明日516日に旅立った。
 
己に流転はあるが風雅無し、が旅には出たい。
 
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老を迎ある者は、日々旅にして、旅をすみかとす。古人も多く旅に死せるあり。」
(月日は永遠の旅人であって、過ぎ去ってはやって来る年もまた旅人である。船頭として船の上で生涯を過ごす人や、馬引として年をとっていく人にとっては毎日が旅であって旅を住処としているのだ。昔の人も、多くの人が旅をしながら亡くなっている。) 「奥の細道より」
 
「まづたのむ椎の木もあり夏木立」元禄3年(1690) 芭蕉47歳の作「幻住庵記」
(夏の日差しも夕立も遮ってくれる大きな椎の木もあるなあ、この幻住庵の木立には。)
 
当地久留米市にも句碑(と言うより墓碑か)がある。
これは、この久留米城松尾芭蕉が詠んだ句ではない。
芭蕉は九州に来たことはないのに、九州にはこの芭蕉塚がたくさんある。
福岡県下には何と68基もあるという。
芭蕉は、「奥の細道」の旅の後、今度は九州へ下る途中で、大阪で客死しており、師の遺志を継ぐために、芭蕉の高弟たちが次々に九州を訪れたということで、芭蕉を尊敬する俳人たちは、彼を弔うため、各地に塚を建立し供養したということらしい。
 

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